独書は毒っしょ

読書の記録

独書日記10〜『残像に口紅を』筒井康隆〜

 こんばんは!

 なんとか生活リズムが矯正されつつあるうどくです。とは言うものの一度寝坊したんですよね、、二度寝が原因なんですけど、寒いのがいけないんですよね。今年寒くないですか?

 

 本題に入っていきましょう。今日読んだ本は筒井康隆残像に口紅をです。これも友人から勧められていて、買ってはいたんですがタイミングがなかくて読めていなかった1冊です。この本はリポグラム的要素があるですが、普通のリポグラムとは少し変わっている部分があってそこが一番の特徴になっています。そこを含めて感想パートで話していきたいと思います。

 

それでは感想パートにいきましょう!

 

 

 この本の面白かった部分は小説自体の設定にあるんですが、なかなか説明するのが難しいんです、、(いや、頑張れよとのツッコミは想定しております)ストーリーとしては筆者に準えた小説家が主人公で実験的に徐々に言葉を消していく小説を書こうとするんですが、その小説家の生きる世界で言葉が消えていくという一種の入子のようなものになっています。詳しく説明すると、物語が進んでいくに従って文章に使える言葉の音が消えていってついに全部が使えなくなってしまって物語が終わると言うところです。それだけにとどまらず、言葉の音が減るに従ってその音を使って表す小説内のその対象物であるもの概念までも消えて無くなっていってしまいます。例えば、「あ」がなくなると「愛」「アスパラガス」など他にも諸々のものが消えてしまうのです。この設定のもとで話が進んでいきます。

 何よりすごいことは使えない文字があるということを物語のほとんどで感じさせないほどにスムーズに物語が進んでいきます。後半に差し掛かっていよいよ言葉が減ってきたところで情事の描写や自分の過去を省みる部分がありますが、普通ではなされない表現がなされていて面白いです。また、無くなったものを主人公が思い出せないシーンで、それが何かを読者が推理すると言うのも一つの楽しみ方かなあと思いました。

 この話のテーマになっているものに「虚構」と言うものがあるのですが、作品中での考察も非常に興味深いものになっています。この小説を読んでいると前で述べた設定のためか少しずつ「現実」と「虚構」の境界線が曖昧になっていくそんな不思議な感覚に陥ります。実際に手にとって読んでもらって作者の語彙や表現力、そしてぼんやりした不思議な感覚を味わって欲しい一冊です。

 

 こんな感じが今回の感想です。言葉が消えるに従ってものが消えると言うのはいかにも唯心論的考え方だなんて思いましたね。僕は圧倒的唯物論派なんですが皆さんはどうですか?一応授業が始まってしまったり、小説じゃない本も併読している関係で投稿頻度は落ちてしまいますがこれからもぜひご愛読の程どうかよろしくお願いします。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました😊最後は一言一人暮らし日記です。

 

一言一人暮らし日記:ズームむず